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中村元(水族館プロデューサー)の経歴や出身大学について!

   

水族館プロデューサーとして全国の水族館で
プロデュースを手掛けてきた中村元
(なかむら はじめ)さん。

1980年代のラッコブームの仕掛け人も
中村さんでした。

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まったく畑違いな水族館に

中村さんは三重県松阪市の出身。

本が好きだったため、大学の文学部を
目指しますが、受験に失敗。

友人が見つけてくれた成城大学の
経済学部経営学科に進学することに
なります。

大学受験で挫折を
経験したんですね。

当然、大学でのモチベーションは低く、
まともに勉強していなかったのだとか。

ギリギリの「可」ばかりだったそうですが
なんとか大学を卒業し、就職はまったく
畑違いの鳥羽水族館。

出版関係に進みたかったのだそうですが、
思うようにならず、知り合いのつてで
鳥羽水族館に決めたのだとか。

なかなか思うに任せない人生ですね。

入社後、3年間は飼育係を担当。

しかし、周りは水産大学出身で
水生生物については詳しい人ばかり。

中村さんは「この人たちには追いつけない」
と悟って、自分ができる別のことを仕事に
生かそうという考えに改めたのだそうです。

ある意味、潔いですね。

飼育員はそのほとんどが飼育する生き物への
関心が強く、お客さんに関心を持っていない
ことに気付いた中村さん。

お客さんを観察し、お客さんが見てくれる
展示の仕方を考えるようになり、そして、
水族館をメディアとして考えるという境地に
たどり着いたのだそうです。

情報発信をして人の関心を集めるという
点では水族館もメディアと変わらない
というわけですね。

そのメディア自体も利用して、中村さんは
まだ一般に知られていなかったラッコを
プロモーション。

テレビや出版社にお腹で貝を割るラッコの
動画を持ち込んでブームに火をつけたのだ
そうです。

それまで年間80万人ほどの入館者数だった
鳥羽水族館がラッコを公開した途端、
200万人もの人が押し寄せたのだとか。

ラッコ人気で入館者数2.5倍。

もともと愛らしい生き物ですけど、
メディアに売り込んだ中村さんの
戦略勝ちでしょうね。

水族館プロデューサーへ

その後、中村さんは同水族館の
企画室長などを経て副館長に就任。

しかし、水族館の経営自体に携わる
ようになり、かなり心労が重なって
いったのだそうです。

そうして2002年、46歳にして
同水族館を退職。

まったく別の仕事に就こうとも考えて
いたそうですが、別の水族館から監修の
依頼が来たことで、水族館プロデューサー
としての道を歩むことになります。

経営よりも現場が性に合っていた
ということなんでしょうね。

バリアフリー観光

現在、中村さんは水族館プロデューサー
以外にも日本バリアフリー観光推進機構の
理事長なども務めています。

訪日外国人のための観光地の
バリアフリー対応をすすめて
いるのだとか。

また地域の観光コンサルティングなども
しているのだそうです。

実際に手掛けた旅館で10倍の来客数を
記録したこともあるのだとか。

水族館をプロデュースするような発想力が
さまざまな分野で生かされているんですね。

観光資源があるのに生かしきれていない
といわれる日本にあって、中村さんの
ような人の存在は貴重でしょうね。

ぜひ、日本の観光立国化のためにも
がんばってもらたいですね。

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