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宝田明の戦争体験が壮絶すぎる!父や母について!娘がいる?

      2015/08/26

かつて東宝の二枚目スターとして活躍し、
現在も俳優として活躍する宝田明さん。

じつは朝鮮で生まれ大陸で育ち、終戦間際に
ソ連に侵攻された壮絶な戦争体験を
していました。

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スターとして活躍

宝田さんは1934年生まれで
現在81歳。

1953年に東宝ニューフェイス第6期生
として俳優の道に入ります。

当時は日本映画の全盛期で、長身・二枚目の
宝田さんはたちまち東宝のスター俳優の
地位に登り詰めます。

1964年に日本人初のミス・ユニバース
となった児島明子さんと結婚。

二人の娘さんに恵まれますが、
のちに離婚。

娘さんのうち長女は1991年に「ジプシー」が
ヒットした歌手で女優の児島未散さん。

未散さんは現在、芸能界を引退し
米国に移住されているそうです。

戦争体験が壮絶すぎる

芸能界では華々しいスター街道を歩んできた
宝田さんですが、その幼少期はその後の人生
からは想像できないほど壮絶なものだった
のだとか。

宝田さんの父は鉄道技師として朝鮮そして
満州で勤務していました。

終戦間際、一家は満州鉄道の社宅で
暮らしていたのだそうです。

まもなく終戦を迎えようとしていたとき、
ソビエト軍が満州国境を侵攻。

国境を守っていた日本の関東軍は
あっという間に撤退してしまい、
宝田さんの住む町はソ連兵たちに
占領されてしまったのだそうです。

そこから始まったのはソ連兵たち
による略奪と陵辱でした。

家々から金品を押収して回って
いたのだとか。

これはもう軍隊ではなくて
単なる盗賊ですね。

宝田さん一家も例外ではなく、
食事中にソ連兵が家に押しかけて
きたのだそうです。

銃を突きつけられて、宝田さんたちは
酒や家財を差し出したそうですが、
それでも帰ろうとしないソ連兵たち。

すると母親を指差して、隣の部屋に
連れて行ったのだそうです。

母親はまだ30歳になったばかり
という年の頃でした。

まだ小学生だった宝田さんですが、
何が行われたのかはなんとなく
分かっていたでしょう。

いたたまれなくなるような話ですね。

こうしたソ連軍による横暴は
同時期に各地で起こっていました。

性的暴行を受け続けた日本人女性23人が
集団自決した敦化事件。

婦女子1000名以上が虐殺された
葛根廟事件など。

こんなにも悲惨な歴史が
あったんですね。

宝田さんもソ連侵攻後、炭鉱に働きに
出ていた兄が帰ってこないため探しに
出たところ、ソ連兵により狙撃された
ことがあったのだそうです。

当時、貧しさから横行していた石炭泥棒と
間違われたのかもしれませんね。

宝田さんは腹部に被弾し、
銃弾の影響で患部が腐敗。

満足に薬もない中で、元軍医によって
麻酔なしの開腹手術を受け、大量の
膿とともに銃弾を摘出。

手術ではなんとハサミを使って
腹部を切開したのだとか。

物資の乏しかった時代とはいえ、
まさに壮絶な体験ですね。

その後も父や兄が行方不明になる
などの困難もありつつ、引き揚げ船で
なんとか日本に帰国。

現在の宝田さんからは想像できないような
つらく苦しい過去を背負っていたんですね。

壮絶な戦争体験を乗り越えて、現在は
俳優・タレントとして活躍する宝田さん。

いつまでもお元気で活躍して
いただきたいですね。

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