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小勝敏克(丸玉屋)の経歴を紹介!出身大学は?日本の花火の革命児!

      2015/08/26

花火大会などの花火を手掛ける
丸玉屋(まるたまや)。

その代表を務めるのが小勝敏克
(おがつ としかつ)さんです。

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紆余曲折を経て花火業界に

小勝さんは東京都の出身。

父や伯父も花火職人という
家に生まれました。

立教大学の社会学部社会学科を卒業。

すぐに花火の世界に入ったと
思いきや、サラリーマンに。

職をいくつか変え、
さらには米国を放浪。

いろいろと思うところが
あったのでしょうか。

そうして1978年に家業の
丸玉屋小勝煙火店に入社します。

入社後は営業担当として
欧米各国に花火を輸出。

売上げの60%以上を輸出が
占めていたのだとか。

「花火といえば日本」というような
時代だったんでしょうね。

しかし1985年以降、急激な円高が進んだ
影響と、中国の台頭により花火の輸出は
一気に収縮。

これによりほとんど輸出されることが
なくなったのだそうです。

業界にとっては大打撃だった
でしょうね。

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花火をエンターテイメントへ

そんな花火業界の行き詰まりの中、
小勝さんはモントリオールの
国際花火コンクールで衝撃を受けます。

フランスチームがラブストーリーを
音楽とともに花火で表現していました。

いかにも欧米人が好きそうな
演出ですねぇ。

小勝さんは花火でこんな表現できる
という可能性を実感します。

そして1990年に父の恭亮氏とともに
丸玉屋として独立。

それまでの花火を花火ショーという
エンターテイメントにすることを
目指すようになります。

今では当たり前となった
花火プログラムシステムを
米国より導入。

日本語の取扱説明書もなく、
そこでも大変苦労されたのだとか。

まぁ扱うのはそこらの家電じゃなく、
打ち上げ花火ですから、説明書を見ないで
いじるわけにはいきませんからね。

米国からエンジニアを招いて
レクチャーを受けたりもしたのだとか。

新たな分野へ足を踏み入れるのはやはり
何かと苦労が多いということなんですね。

花火界のパイオニアへ

そうした苦労によって花火と音楽、
花火と照明といった演出を組み合わせた
花火ショーを全国で展開するようになった
小勝さん。

東京デイズニーシー、USJ、
横浜八景島シーパラダイスなどの
全国のテーマパークでショーを
行っているのだそうです。

知らず知らずのうちに小勝さんの
花火ショーをご覧になっている方も
いらっしゃるかもしれませんね。

いち早くエンターテイメントにシフトした
ということでは日本の花火界に新風を
吹き込んだ、まさにパイオニアと言って
いいでしょう。

余談ですが「花火職人になろう」という
ゲームの初代版の監修も小勝さんが
手掛けているのだとか。

同ゲームは現在、スマホの
アプリとして移植されています。

今や国内に留まらず、世界各国で
花火ショーを展開している小勝さん。

アスリートと同じく世界で
勝負しているんですね。

ぜひこれからも日本や世界の夜空を
花火で彩って、多くの人を楽しませて
ほしいですね。

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