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ジョン・リアダンが救ったベトナム人とその家族たちのその後は?

   

ベトナム戦争末期に現地のベトナム人
105人を救い出した米国人の
ジョン・リアダンさん。

彼のおかげで105人全員が無事に
米国で生活できるに至りました。

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ベトナム脱出後は?

リアダンさんが救ったシティバンクの
同僚たちとその家族は一旦グアムや
フィリピンに避難した後に米国の
カリフォルニアで再会しています。

当初、救出にこだわるリアダンさんに対して
「解雇」警告までして止めていた同銀行も
救出後にはベトナム人たちに仕事を斡旋する
など、とても好意的に対応してくれました。

また100万ドルにおよぶ資金援助まで
したと言いますからじつに太っ腹。

リアダンさん自身も解雇されることなく
ボーナスまでもらって称えられたのだ
そうです。

じつにいい話ですねぇ。

その後、ベトナム人の彼らは米国人として
充実した生活を送っているとのこと。

今やその息子や娘、孫までいるのだとか。

インタビューを受けたリアダンさんは
「英雄になろうなんて思ってなかった。
友人たちを救うことが正しいことだと
思って行動したのだ」と語っています。

飾らない人柄がとても
かっこいいですね。

また、救出した105人のベトナム人たちに
ついて「自分には105人の子供がいる」
と語り「でも孫の数は聞かないでよ」
とアメリカンジョークを飛ばしたのだとか。

こんなジョークが飛ばせるのもこの救出劇が
ハッピーエンドで終わったからでしょうね。

2015090301

戦後のベトナム

リアダンさんたちが脱出した数日後、
共産主義勢力の北ベトナム軍が首都
サイゴンを制圧。

まさに危機一髪というところでしたね。

その後のベトナムは急激な社会主義政策が
推し進められ、経済が混乱。

北ベトナム人により財産は取り上げられ、
政府や役所などでの要職もことごとく
占有されました。

言論統制などの弾圧も激しくなり、
国外へ脱出する難民が続出。

船で亡命を図る彼らは「ボートピープル」
と呼ばれ、日本でも1万人以上を難民として
受け入れています。

まぁそのほとんどが華僑や華人
なのだそうですが。

とにかく南ベトナムの人々にとっては
長きに渡る受難の時代となったことは
間違いないですね。

こうした弾圧などにより戦後から現在に
至るまで100万人以上の死者が出ている
のだそうです。

リアダンさんによって脱出した
105人のベトナム人たちも、そのまま
国内に留まっていたらどんな酷い目に
遭っていたか分かりませんね。

ちなみに北ベトナムに敗戦を喫した
米軍は5万8000人超の戦死者が出たと
いいますから、ベトナム戦争の熾烈さが
窺えます。

時代はめぐって近年、米軍とベトナム軍で
合同軍事演習を行っていますので、だいぶ
時代も変わったということですね。

とはいえ、いまだに社会主義国である
ことは変わっていないベトナム。

今でも「民主化」を訴える市民が
逮捕されることもあるのだとか。

授業でも習ったドイモイ政策によって経済は
自由化しましたが、政治体制は某隣国と
変わらないんですね。

リアダンさんの英雄譚はすばらしいですけど
こんなことが二度と起きないような平和な
国になっていってもらいたいものです。

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