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加村一馬(洞窟おじさん)のwiki!43年サバイバル生活!現在は?

   

少年時代に家出をして以来、43年間も
サバイバル生活をしていた加村一馬
(かむら かずま)さん。

現在は社会福祉法人「三和会」で
生活されているそうです。

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11年前に発見

加村さんが43年もの間、サバイバル生活を
していたことが明らかになったのは
わずか11年前。

空腹から自販機をこじ開けようとしていた
ところを現行犯逮捕されて、それまでの
経歴が明らかになったのだとか。

少年期に出奔したため、戸籍もまともに
残っていなかったようです。

社会とのつながりをほとんど持たずに
生きてこられたことに驚きですね。

ちなみにこのときは執行猶予がついて
釈放されたのだそうです。

壮絶な少年期

加村さんは群馬県の出身。

終戦の翌年、貧しい農家で
8人兄弟の4男として生まれました。

内気な性格だったこともあり、学校で
いじめに遭い、さらには両親からも
折檻を受けていたのだそうです。

内にも外にも逃げ場のないような
非常につらい目に遭ってきたんですね。

そうして14歳(中学2年)になった頃に
ついに家出を決意。

鞄には干し芋と塩、マッチを詰めて
出てきたのだそうです。

保存の利く干し芋を持っていくあたりは
なかなか計画的ではあったんですね。

さらには家を出た際に愛犬のシロが
ついて来てくれたのだとか。

某アニメのしんちゃんみたいですね。

このシロは家出から2年後に死んで
しまったそうですが、いろいろと
助けられたとのちに語っています。

サバイバル生活

家出した後は、人里離れた山中の洞窟で
暮らすようになった加村さん。

持参した食料がなくなると、ヘビやカエル、
ウサギ、カタツムリなどを捕まえて
食べていたのだとか。

まさにゲテモノの類いですけど、
これぞサバイバルという感じですね。

ただ、やはり衛生環境は良くなかったようで
20歳までに歯は抜け落ちてしまった
のだとか。

時折、人里に下りて農作業を手伝って
食料や衣類を分けてもらったこともあった
そうですが、素性を知られたくないために
必要以上に接触しなかったのだそうです。

いじめに遭ってきたのが酷いトラウマに
なっていたんでしょうね。

栃木、新潟、福島、山梨、茨城といった
土地を転々とし、サバイバル生活を
送っていたのだそうです。

山でとれた珍しい花を売ってお金を手にした
こともあったそうですが、やはりサバイバル
生活は過酷だったようで、一時は命を絶つ
ことを決意。

ヒッチハイクで青木ヶ原樹海にまで行った
こともあったそうですが、そこで見た遺体に
尻込みし、思いとどまったのだそうです。

ここで早まっていたら、加村さんの物語は
誰にも知られることなく、樹海に消えていた
でしょうね。

その後は川辺に住むようになり、
捨てられた釣り竿で魚釣りをしたり、
石を積んで追い込み漁をするなど
魚を獲る生活へと変わっていきました。

するとほかの釣り人と懇意になり、
家に呼んでもらうまでの仲になった
のだそうです。

人付き合いがまったくできない人では
なかったんですね。

ちなみにそのとき釣り人の家で
初めてカラーテレビを見たのだ
そうです。

さすが生粋のサバイバル生活を
していただけありますよね。

こうして懇意になった釣り人の家に
居候することとなり、内装業の仕事に
就くなど、ようやく真っ当な暮らしを
手に入れた加村さん。

しかし、その生活にも馴染めなかった
ようで再び出奔。

やはり40年以上も社会と隔絶して
生きてきただけに、社会復帰は
容易じゃなかったんでしょうね。

そんな加村さんに救いの手を差し伸べたのが
現在の三和会を運営する藤澤敏孝さんだった
のだそうです。

世の中には拾う神もある
ということでしょうね。

しかし、当初は施設に馴染めず、脱走や
斡旋した仕事場でトラブルを起こすなど
問題を起こしていたのだとか。

いきなり人間は変わりませんもんね。

そんな加村さんを必死でサポートしたのが
同施設の職員・保嶋のり子さんでした。

トラウマから人間不信になっていた
加村さんを献身的に支え、やがて
加村さんも保嶋さんに心を開くように
なっていったのだそうです。

保嶋さんも相当にご苦労
されたんでしょうね。

やがて加村さんは施設内に広大な
ブルーベリー畑を作り、収穫の時期には
ブルーベリー狩りが楽しめたり、ケーキ屋や
ジェラートショップに卸すなど好評を博して
いるそうです。

さらに、子供たちに自然の中で遊ぶことの
楽しさを伝える活動をしたいと夢を語る
加村さん。

長い放浪の旅からようやく自分の居場所を
見つけられたんでしょうね。

その安住の地で、ぜひいつまでも
お元気で過ごしてほしいですね。

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