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ジョゼフィーヌ(皇后)の生涯とは?離婚後のナポレオンとの関係

      2015/09/18

フランスの皇帝ナポレオンの妻だった
ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ。

あの有名な戴冠式を描いた絵画の中で
皇后としてナポレオンから冠を
授けられている人物ですね。

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波乱の生涯

没落貴族の娘として娘として生まれた
ジョゼフィーヌ。

昔から美人だったのだとか。

子爵のボアルネと結婚し、一男一女を
もうけますが、夫婦仲が悪く、わずか
4年で離婚。

けっこうスピード離婚ですね。

その後、フランス革命の混乱もあり、
元夫のボアルネは処刑され、
ジョゼフィーヌまで投獄される
という憂き目に。

かなりの不幸っぷりですね。

その後、釈放されると政府の要人
ポール・バラスの愛人となり、
社交界では有名になっていきました。

愛人になったのは生活に窮したため
だそうですが、愛人に身を落とした
といっていいでしょうね。

そんなときに出会ったのが
ナポレオンだったのだそうです。

そして、ナポレオンからの
求婚を受け再婚。

一説には愛人として囲っていたバラスが
ジョゼフィーヌに飽きてナポレオンに
押し付けたとも言われています。

「そんな扱い?」と思って
しまいますが。

のちに皇帝となるナポレオンでしたが、
ジョゼフィーヌにとっては退屈な男
だったようで、再婚後も浮気を
しまくっていたのだとか。

それもまた酷い話ですね。

ただ、ナポレオンはジョゼフィーヌに
ぞっこんだったようで、ラブレターを
送って気を惹こうとしていたのだとか。

ナポレオンが健気でかわいいですね。

それでも浮気癖が治らないジョゼフィーヌは
騎兵大尉イッポリト・シャルルと
またもや浮気。

ナポレオンがそれを嘆いた手紙を遠征先から
フランスに送ったところ、その手紙を積んだ
船が英国に拿捕され、その手紙も押収。

なんと手紙の内容が新聞に掲載されるという
赤っ恥をかくこととなります。

今で言うネット上に「晒された」
感じですかね。

ナポレオンはこのときに離婚する寸前まで
いったのだとか。

というか、それでも離婚しない
ナポレオンの忍耐力がすごいですね。

まぁジョゼフィーヌにそれだけ
入れ込んでいたのかもしれませんが。

このときからジョゼフィーヌは
ナポレオンに愛情を感じ始めていたのだ
そうですが、今度はナポレオンの側が
別の女性たちに関心が向き始めていた
のだそうです。

男女の関係はいつの時代も
うまくいかないものですね。

その後、ナポレオンが皇帝に即位。

ジョゼフィーヌも皇后となります。

「愛人」まで落ちたものが皇后とは
もう一気に登り詰めたという感じですね。

しかし、ナポレオンとの間に子供ができず
一方で愛人に子供が生まれたこともあり、
なんとナポレオンはジョゼフィーヌと離婚。

ただ結婚当初、ジョゼフィーヌはすでに
32歳だったので、妊娠は難しかったのかも
しれませんね。

ただ、ナポレオンを愛するようになっていた
ジョゼフィーヌは歩けないほどの大ショック
を受けたのだとか。

まぁそれまで浮気しまくったツケが
ブーメランで返ってきたと言えなくも
ないですが。

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離婚後はパリ郊外のマルメゾン城で
余生を送ったジョゼフィーヌ。

多額の年金を受け、「皇后」という称号を
死ぬまで許されていたのだとか。

かなり優遇されていたんですね。

しかも離婚した後にもナポレオンは
ジョゼフィーヌを良き話し相手として
いたのだとか。

距離を置いてみたら、逆にいい関係に
なれたということでしょうか。

ナポレオンが退位した後はかなり
気落ちしていたそうで、彼がパリを
追われていた間に肺炎で急死。

享年50歳という若さでした。

かなり奔放な女性だったという印象ですが、
朗らかで飾らない性格はフランス国内で
人気だったそうです。

浮気を繰り返したり、嫌な性格かと思ったら
そうではなかったみたいですね。

子供について

ジョゼフィーヌが最初の結婚でもうけた
一男一女の子供についてはそれぞれ
栄達しました。

長男のウジェーヌはナポレオンの
養子となり、イタリア副王にまで
なりました。

その娘もスウェーデン王室に
嫁いでいます。

長女のオルタンスはナポレオンの弟と
結婚してオランダ王妃となりました。

その息子はのちに皇帝ナポレオン3世
となっています。

最期まで愛されていた?

ナポレオンが島流しになった後も
援助を絶やさなかったという
ジョゼフィーヌ。

最期まで献身的な元嫁
だったんですね。

ナポレオンの最期の言葉も
「ジョゼフィーヌ」だった
とも言われています。

流転の人生でしたがジョゼフィーヌも
元夫に最期まで思われて、幸せな人生
だったのかもしれませんね。

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