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忠犬ハチ公の死因とお墓について!銅像が作られた経緯とは?

   

渋谷の待ち合わせ場所としても
お馴染みの忠犬ハチ公像。

亡くなった主人を渋谷駅で待ち続けた
誰もが知っている忠義なワンちゃんです。

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死因は?

ハチ公は1935年に永眠。

享年11歳とのことで犬としては
大往生じゃないでしょうか。

死後、東京帝国大学農学部で
病理解剖されたハチ公。

寄生虫であるフィラリアが心臓と肝臓に
大量に寄生しており、また心臓と肺に
ガンもみつかったそうです。

こうしたことが
死因となったようです。

まぁ渋谷で待ち続けたことが祟った
ということでもないでしょうね。

余談として胃袋からは焼き鳥の串が
数本発見されたそうです。

ハチ公を哀れんだ飲み屋の客が
差し入れてあげたものでしょうか。

別に串が胃に刺さっていたということは
ないので死因とは関係ないそうです。

死後について

病理解剖された後、ハチ公は
東京科学博物館(現・国立科学博物館)に
送られて剥製となりました。

現在も国立科学博物館に行けば
銅像じゃない、本物のハチ公に
会えるんですね。

ちなみにおもな骨格は取り除かれており
毛皮以外では爪と指の骨のみがハチ公の
ものなのだそうです。

日本で一番といっていいくらいに有名な犬
ですから、こうして展示されるには
ふさわしい存在でしょうね。

余談として解剖された際の臓器も
ホルマリン漬けにされて東京大学農学資料館
に展示されており、フィラリアに寄生されて
いる様子も観察できるのだとか。

青山霊園には墓所もあり、待ち続けた主人の
上野英三郎氏の隣に碑が建てられています。

今頃、御霊は待ち続けた主人とともに
あるのかもしれませんね。

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銅像の製作

じつはハチ公像が最初に渋谷駅に建てられた
のは1934年で、当のハチ公自身が存命中。

生きながらにして銅像化されて
いたんですね。

そもそもがハチ公の存在が世に知られる
ようになったのは犬研究家の斎藤弘吉氏が
朝日新聞にハチ公の記事を投稿したことが
きっかけでした。

朝日新聞も役に立つことが
あるんですね。

この記事が載る前は周囲からいわば虐待を
受けていたハチ公でしたが、主人を待つ
忠義ぶりが認知されると一転。

世間の同情を一身に受ける
こととなりました。

手のひら返しで一気に世論が高まる
あたりは、昔も今も日本の国民性は
変わりませんね。

こうして世論が同情的になるのと同時に
今度はハチ公でひと儲けしようという輩が
現れ始めます。

こういう便乗商法もいつの世でも
変わりませんね。

そんな中、朝日新聞の記事に感動した
彫塑家・安藤照氏が銅像を作りたい
と申し出たことで話が具体化。

便乗商法を阻止する目的でも
急いで作ったのだそうです。

銅像が完成し、その除幕式には
なんとハチ公自身も出席。

ハチ公も果たしてどんな思いで
自分の銅像を見ていたんでしょうね。

しかし、この銅像は1944年に戦時中の
金属供出の犠牲となって撤去されて
しまいます。

どこぞで銃弾か兵器となって
使用されたんでしょうか。

つまりは今のハチ公像は二代目。

終戦間もない1948年に初代の製作者
安藤照氏の息子である士(たけし)氏に
よって再建されました。

今の像が二代目だって知ってて待ち合わせ
している人もほとんどいないでしょうけど。

まぁ主人を待つハチ公も、逆に他人の
待ち合わせに利用されるとは思っても
みなかったでしょうね。

再開発でどうなる?

現在、大々的な再開発が
行われている渋谷駅周辺。

新たに3つの高層ビルが2020年と27年に
完成する予定なのだとか。

そんな中、あのハチ公像のある
広場も整備されてしまう予定。

「ハチ公像に訪れた二度目の危機か?」
と思いきや、渋谷区役所は渋谷の財産として
像は残していく方針なのだとか。

まぁ渋谷駅といったらハチ公ですもんね。

ぜひ、その忠犬エピソードともに
語り継がれ、渋谷駅のシンボルで
あり続けてもらたいものですね。

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