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ユナイテッド航空232便不時着事故の生存者は?機長が奇跡の操縦!

   

1989年に発生したユナイテッド航空
232便の不時着事故。

不時着した機体が大破、炎上する
大事故となりました。

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生存者について

同事故において285名中185名が生存、
111名が死亡しました。

操縦不能の状態で不時着し、生存者が
いただけでも奇跡と言えるでしょうね。

実際に、米国の国家運輸安全委員会は
事故を調査し、操縦していたクルーを
賞賛したそうです。

事故原因は?

そもそもの事故原因は同機の尾部にあった
第2エンジンのトラブル。

チタン合金製ファンブレードという部品が
金属疲労し、壊れたことでエンジンが爆発。

その影響で油圧操縦系統が破断し、
エンジンの出力制御以外の操舵が
まったく効かない状態に陥りました。

飛行中に上下左右まったく言うことを
聞かなくなってしまったんですね。

ちなみに前出の国家運輸安全委員会に
よると乗務員に油圧操舵不能状態の
機体を着陸させる技術を施すことは
まず不可能なのだそうです。

まさに232便は絶体絶命の窮地に
陥ってしまったんですね。

機長の神対応

コントロールを失った232便をなんとか
不時着させたのは機長のデニス・E・
フィッチさんでした。

フィッチさんは1985年に日本で起こった
日航機の墜落事故を研究しており、
そうした状況をシミュレートし、
訓練もしていたのだそうです。

まさにこの状況にはうってつけの
人物だったんですね。

じつはフィッチさんはその日、非番で
たまたま乗り合わせていたのだとか。

ものすごい偶然ですね。

そんなフィッチさんが事故発生後から
不時着までの操縦を急遽担当。

ほかのクルーも経験豊富な者ばかりだった
そうで、エンジンの出力を調整しながら
なんとか機体を立て直しました。

彼らでなければこの不時着は
なし得なかったでしょうね。

余談として日航機の墜落事故では尾翼が
完全に欠損して制御が効かなくなりましたが
同機では機体の損傷がほとんどなかった分、
まだ救われていたのだそうです。

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不時着時の状況

232便は検討の結果、スーシティー・
ゲートウェイ空港へ着陸することに
なります。

着陸に備えて余分な燃料は投棄。

途中までかなりいい感じで空港へ近付いて
いましたが、地上30m付近からバランスが
崩れ、さらに通常より時速120キロも速い
スピードで滑走路に進入。

右の主翼から滑走路に着地し、
機体を回転させながら不時着する
こととなりました。

結果、機体は大破し炎上。

幸いにして数日前に同空港で火災訓練が
行われており、待機していた消防隊により
比較的迅速な消火作業が行われました。

180名以上助かったのは幸いですけど、
やはり111名の死者が出たことをみれば
大惨事ですね。

死者の中には高名な有機化学者である
ジョン・K・スティル教授も含まれて
いたのだそうです。

事故後の影響

事故後、航空宇宙材料に使用する
チタン合金材質については不純物を
取り除く作業を必ず3回行うなど見直し。

金属疲労が直接の原因でしたからね。

また、NASAや日本の三菱重工などでも
こうした事故の際にコンピューターで
エンジンを制御して着陸するシステムを
研究するようになったのだそうです。

100%の安全なんてないでしょうけど、
こうした事故を教訓にぜひしっかり対策を
してもらって、二度と同じような事故が
起こらないようにしてもらたいものですね。

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