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京都五番町事件の真相!「真昼の暗黒」との関係は?恥ずべき冤罪事件!

   

1955年に京都市内の五番町で起こった
京都五番町事件。

のちに国会も巻き込む大問題となる
冤罪事件に発展しました。

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事件の概要

事件は京都の歓楽街・五番町で
A(23)が飲み屋でX(20)と
喧嘩になったことが発端となります。

そのときの喧嘩は仲裁が入った
ことで一旦は収まりました。

Aら四人のグループ1は別の店で
飲み直しますが、今度は別のグループ2と
喧嘩となり、逃げるグループ1を
グループ2が追跡。

ここまではありがちな
若者同士の喧嘩ですね。

そんな最中、最初に喧嘩したXが再び登場し
またもやAに因縁をつけて、ナイフで
背中など2ヶ所を刺して逃走。

一瞬の出来事に仲間のグループ1の面々は
Aの負傷には気付かなかったのだそうです。

そうしてAは出血多量により
2日後に死亡。

警察が捜査に乗り出しますが、
ここから事件は思わぬ方向に
動き出します。

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警察の思い込み

警察はこの犯行をグループ2に
よるものと断定。

この時点で完全な勘違いですね。

グループ2の少年たちは京都地検
によって暴行容疑で起訴されます。

一方、少年たちは犯行を自供。

しかし、完全に無実なはずであって、
この時点でかなり厳しい取調べを
受けたことは想像に難くないですね。

凶器のナイフについても自供したものの、
当然、発見はできませんでした。

まぁこの時点で「おかしい」と思って
引き返すことは十分にできたと思いますが。

検察の横暴

じつはこの事件、非常に
重要な目撃者がいました。

事件当日、妹と一緒に夜桜見物に
来ていた女性・Mさん(20)でした。

Mさんが帰り道の途中の公衆トイレで
手を洗っていると、真犯人Xがそれを
押しのけるように血のついた凶器の
ナイフなどを洗浄。

これ以上ないほどの決定的な
目撃証言ですよね。

Mさんは公判でもこの目撃情報を
話し、グループ2の少年たちの
無実を証言しました。

これに対して非道を
働いたのが京都地検。

後日、Mさんを呼び出して取調べを行い、
なんと偽証罪で逮捕するという
暴挙に出ます。

いやはや横暴にもほどがある
という感じですね。

地検としてはなんとしても
グループ2の少年たちを有罪に
もっていきたかったんでしょう。

目的のためには手段を選ばない
とはまさにこのことですね。

事件の解決

それから1ヶ月ほどたって真犯人Xが突如
凶器などを持参して自首。

意外にあっけない幕切れですね。

Xは当時、上映されていた
映画「真昼の暗黒」に感化されて
自首を決意したのだとか。

じつは同映画も「八海(やかい)事件」
という実在の冤罪事件をテーマした
作品でした。

この事件は警察が複数犯だと思い込み、
さらに犯人も減刑を狙ってそれに便乗して
無実の人々が逮捕され、一時は死刑判決まで
受けた冤罪事件でした。

ちなみにこのとき捕まった無実の人々は
無罪となり、事なきを得ています。

今回の五番町事件では不正を働いたとして
地検の森島忠三検事が懲戒処分となり、
検事を辞任。

のちに国会でもこの事件について
取り上げられるほどの大きな広がりを
見せました。

冤罪を引き起こした原因は?

まずこのような冤罪が起こった原因は
グループ2を犯人と断定した警察の
初動捜査のミスでしょうね。

そして、グループ2の中に被差別部落の
出身者と在日朝鮮人がいたことで
捜査当局が偏見を持ったことも影響した
と言われています。

犯行とは直接関係ない、
私見が混じっていたんですね。

さらには自白を強要し、耐え難い
暴行が行われたとも言われています。

目撃者として名乗り出た善良な一市民
であるMさんを逮捕したことといい、
警察も検察もまさに下衆の極みですね。

袴田事件など今になって冤罪が発覚する
ケースも見受けられる昨今。

当時、冤罪で逮捕された無実の人々に
救いの手が差し伸べられるとともに、
司法当局には不正を元から正して
もらたいものですね。

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