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東亜国内航空381便が胴体着陸!機長が利かせた機転とは?

   

1979年7月21日、東亜国内航空381便
羽田空港発・南紀白浜空港行きが
機体トラブルで胴体着陸する事故が
起こりました。

この事故による死傷者はゼロ。

機長の冷静な操縦によって
大惨事は回避されました。

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事故原因は?

381便の機種はYS-11。

日本が戦後に作った
初めての国産機ですね。

離陸直後、この381便の左の車輪が
下ろせなくなりました。

原因は整備作業の際に車輪を収納する
アップロック機構の組み立てを誤り、
離陸の際、作動させた拍子に破損して
しまったのでした。

これはとんでもない
ミスですね。

機長は離陸後、車輪の収納ランプが消えない
ことを不審に思い、すぐさまテストを行い、
左の車輪だけが下りないことに気付きます。

ちなみにこのときの機長・塚原利夫さんは
ピンチヒッターとして急遽同機に搭乗。

ピンチヒッターなのに、こんなトラブルに
見舞われて本当についてませんでしたねぇ。

本人も「なんで自分が・・・」と
事故発生直後は思ったそうですが、
「これも試練だ」とすぐに気持ちを
切り替えたのだとか。

メンタル強いですね。

今からすればこんな塚原さんだったからこそ
乗り切れた事故だったかもしれませんね。

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機長の驚きの行動

異常に気づいた直後、381便は
羽田空港に引き返します。

ただ離陸後まもなくということもあり、
燃料はかなりの残量がありました。

車輪が下りない以上は前輪と右側の車輪
だけで着陸し、最悪は胴体着陸。

爆発炎上を避ける意味でも
燃料は捨てておかねばなりません。

しかし、同機は飛びながら燃料を廃棄する
設備がなかったため、上空を旋回して
ギリギリまで燃料を消費することに
なりました。

その時間、約二時間半。

乗客にも状況を説明しますから、
二時間半もただ上空を飛び続けていたら
不安ばかりが募ってしまいますよね。

そこで塚原機長、なんとコックピットに
乗客たちを招き見学会を催したのでした。

これから緊迫した緊急着陸に向かう
旅客機とは思えない話ですね。

実際、乗客たちのほとんどがコックピットを
訪れたそうで、記念撮影する人まで
いたのだそうです。

そんな粋な計らいもあってか、乗客は
終始落ち着いていたと言われています。

塚原機長が狙ったとおり、乗客をリラックス
させる効果は抜群だったようですね。

着陸でも機転

約二時間半の飛行の後、ほとんどの燃料を
消費して前輪と右車輪だけでの着陸を
試みることになった381便。

塚原機長は着陸直前、「ジェットコースター
の1、2分を楽しんでください」と
アナウンス。

まかり間違うととんでもない
ブラックジョークになって
しまいますけどね。

着陸態勢に入った381便。

前と右、二つの車輪だけで非常にスムーズに
着陸しましたが、停止する直前、左に傾き
胴体を擦りながら滑走路を外れて停止。

結果的に胴体着陸になったわけですね。

じつはこの胴体着陸については
滑走路前方に排水溝が見えたために
塚原機長がわざとバランスを崩させて
停止させたと本人がのちに語っています。

排水溝に前輪を取られてひっくり返る
危険を回避したんですね。

そんな機転も功を奏してか、
乗員・乗客71人は幸いにして無傷。

機体が炎上することも
ありませんでした。

着陸後に塚原機長がコックピットの
ドアを開けると乗客からの温かい拍手に
迎えられたのだそうです。

もう塚原さんと乗客の間に
立場を超えた連帯感が生まれて
いたんでしょうね。

中には握手を求めたり、一緒に記念撮影を
求める人までいたのだとか。

まぁ結果的には乗客にとって
一生忘れられないフライトに
なったでしょうね。

ちなみに乗客の中には女優の由美かおるさん
が搭乗しており、マスコミが空港に殺到。

結果、着陸の一部始終が映像にも
残ることとなりました。

芸能人が乗っていたことでさらに
騒ぎが大きくなったんですね。

あわや大惨事というくらいに大きな
事故を起こした東亜国内航空381便。

35年以上前の事故ですが、こうした事故が
今後二度と起きないことを願いたいですね。

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