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神谷力のWiki!トリカブト殺人事件の犯人の生い立ち!家族についても

   

1986年に発生した
トリカブト殺人事件。

保険金殺人として世間を騒がせた
この事件の犯人は神谷力という
人物でした。

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生い立ちについて

神谷氏は仙台の出身。

父親は東北大学の教授という
家庭で育ったのだそうです。

中流家庭かそれ以上の
家庭環境だったようですね。

しかし小学5年生の頃、
なんと母親が目の前で服毒し、
自ら命を絶ったのだそうです。

このような幼少期の体験が彼に何らかの
影響を与えたのかもしれませんね。

その後、仙台市立仙台高校を卒業後、
東北大学を受験するも失敗。

のちに上京し、池袋の書店で
働くようになったのだそうです。

あまり順調な人生とは
言いがたいですね。

その後、音響機器製造会社に勤めるも
同社が倒産し、空調機器製造販売会社
に入社。

1981年に食品会社の起業を試みた
ようですが、1986年に自転車部品
製造販売会社に入社しています。

職を転々としていた
わけですね。

3度の結婚と不審死

1965年に看護師の女性と
最初の結婚。

しかしこの女性は1981年に
心筋梗塞のため死去。

その後、最初の妻と結婚中に不倫していた
会社の上司の女性と1983年に再婚。

しかし、この女性も1985年に
急性心不全により死去。

一人の男性の周りで数年のうちに
二人も亡くなるって明らかに
不自然ですよね。

そして、二番目の妻の死の2ヵ月後、
池袋のクラブのホステスと
知り合い、その翌年に結婚。

すると同年、この女性も
急性心筋梗塞で死亡します。

いずれも心臓の病での死。

不審に思っても死因が死因だけに
追求できなかったんでしょうね。

事件の発覚

三番目の妻が亡くなったのは
新婚旅行で訪れた沖縄でした。

死後に行政解剖を行ったのが
当時、琉球大学医学部助教授の
大野曜吉氏。

診断の結果、急性心筋梗塞という
判断をしますが、ほかの臓器には
まったく異変がないことを不審に
思ったのだそうです。

そうして心臓と血液を保存。

この判断がのちに犯罪を立証する
鍵となりました。

その後、妻に対して金品を貢ぎ、
「公認会計士」を装って近づいた
事実がマスコミにリークされ報道
されるようになります。

また、妻には複数の生命保険が
かけられており、その総額は
なんと1億8500万円に上りました。

保険会社は契約時の不備を理由に
支払いを保留。

まぁこんなキナ臭い状況では
当然支払いはできませんよね。

その後、神谷氏が業務上横領
の容疑で逮捕。

捜査していく中で保険金目当ての
殺人の容疑が浮上してきます。

そして、大野氏が保存していた心臓と血液を
調べてみると、トリカブト毒を検出。

さらにはフグ毒であるテトロドトキシンも
検出されました。

ここでようやく本当の死因が
明らかになったんですね。

2015110403花を付けたトリカブト

周到な準備

その後、神谷氏が大量のトリカブトと
フグを購入していた事実も発覚。

自宅からは実験器具も
押収されました。

毒殺するために周到に
準備をしていたんですね。

しかし、三番目の妻が亡くなったのは
神谷氏が急用だと言って沖縄を離れた
1時間半以上も後のこと。

トリカブトは即効性の毒であるため、
時間を置いてから症状が出たことの
説明できません。

すると琉球大の大野氏がトリカブトの
アコニチンとテトロドトキシンの配合の
割合で遅効性の毒にできることを証言。

結局、神谷氏は無期懲役が
確定します。

じつは彼がトリカブトやフグを
購入していたのは最初の妻が亡くなった
1981年からだったといいますから、
三人とも手にかけたのではないか
と憶測するのが自然ですよね。

今さら立証はできないでしょうけど。

事件のその後

こうした物的証拠や数々の証言が
ありながら神谷氏は無罪を主張。

服役中も無罪を訴えて本まで
執筆しています。

まぁ推理小説でもない限り、
この人が犯人で間違いないと
思いますけどね。

そうして2012年、大阪医療刑務所で
神谷氏は病死。

享年73歳でした。

自らの罪を認めることなく
この世を去ったということに
なりますね。

真実は本人のみが知るところでは
ありますが、これからも世間を
騒がせた大事件として、この事件は
これからも語り継がれていくん
でしょうね。

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