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谷崎潤一郎の女性関係が奔放すぎる!墓所や子供についても!

   

近代日本文学の代表的な
作家の一人である谷崎潤一郎。

その作風と同じく、女性関係も
かなり奔放なものでした。

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再婚と離婚

谷崎は最初に石川千代子
という女性と結婚。

ところが結婚後に千代子の妹である
せい子を好きになってしまいます。

こともあろうに嫁の妹って・・・。

しかも当時、せい子は15、6歳。

もう完全に犯罪ですね。

ちなみにせい子は「痴人の愛」
という作品のモデルとなっています。

当然、嫁の千代子とは不仲になり、
今度は千代子に同情した詩人で
作家の佐藤春夫が千代子と懇意に
なっていきます。

なんだか作家同士でまるで小説の
ような人間模様を描いていますね。

結局、谷崎と千代子は離婚し、
佐藤と千代子が結婚。

谷崎と千代子の間には鮎子という
娘さんがいたそうです。

ちなみに妹のせい子に結婚を
申し込んだ谷崎は玉砕しています。

これで結婚していたらまた複雑な
人間関係になっていたでしょうね。

その後、谷崎は文藝春秋の記者だった
古川丁未子という女性と再婚。

彼女もかなりの美人で
知的な女性だったのだとか。

しかし、この結婚も2年ほどで破綻。

どうも谷崎にはかなり特異な性癖があった
ようで、彼女がそれに応じなかったことが
主な理由だったようですね。

まぁ世の中には変態趣味な方
っていますからねぇ。

谷崎は東大に進み、のちにノーベル文学賞の
候補にまでなった天才ですが、性癖に
関してはアブノーマルだったんですね。

ちなみに離婚した妻の丁未子はのちに
文藝春秋の副社長になる鷲尾洋三と
再婚しています。

離婚の翌年、谷崎は森田松子と再婚。

3度目の結婚になりますね。

この松子もじつは再婚。

前夫との間に二人の子供も
もうけていました。

なんと最初の妻である千代子と
結婚していた頃から谷崎と関係が
あったのだとか。

もう貞操観念なんて
まったくないですね。

結局この松子が生涯の伴侶と
なりました。

松子との間に子供はおらず、
妊娠した際に子供を堕ろして
います。

谷崎が堕ろさせたと言われていましたが、
本当は健康上の理由で医師から中絶を
すすめられたというのが真実のようです。

子供のいなかった谷崎は松子の
前夫との子供である恵美子を
養子にしました。

谷崎の死後にはこの恵美子が
作品の著作権を継承しています。

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墓所は?

関東大震災に遭ってから京都に
住むことが多かったという谷崎。

1965年に腎不全と心不全を
併発して死去。

享年79歳でした。

京都の法然院に墓所があります。

谷崎には精二という弟がおり、
やはり作家となり、早稲田大学の
教授も務めました。

しかし、谷崎との兄弟仲はあまり
良くなかったそうで、のちに和解した
ものの、打ち解けることはなかった
のだとか。

いかにも奔放な谷崎と性格的に
合わなかったのかもしれませんね。

文豪として評価も高い
谷崎潤一郎。

その作品とともに、多くの女性を
愛した作家としても語り継がれる
のかもしれませんね。

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