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アイスマン(エッツィ)エッツ渓谷で見つかったミイラ!死因は?

   

1991年、イタリア・オーストリア国境の
アルプスで見つかったミイラ。

なんと約5300年前の男性のもの
であることが分かりました。

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発見までの経緯

エッツ渓谷で見つかったことから
「エッツィ」と名づけられた
このミイラ。

アルプス登山をしていた夫婦が
登山ルートから外れた場所を
歩いていて発見。

とんでもないもの見つけちゃった
という気分だったでしょうね。

当初は登山中の遭難者と見られて
いましたが、所持品などが現代の物
でないことから考古学の教授により
古代人であることが確認されました。

最初オーストリアで保管されていましたが
発見場所がイタリア国境を越えていた
ことで、イタリア側に引き渡された
のだそうです。

貴重な過去の遺物だけに所有権は
きっちりさせたんでしょうね。

現在はイタリアのボルツァーノ
県立考古学博物館で冷凍保存
されています。

詳細な分析

エッツィを詳しく分析したところ、
矢で撃たれてそのあと頭を鈍器で
叩かれて死亡していたことが判明。

約5300年前に起こった殺人事件の
被害者だったんですね。

まぁしかし、それ以上は想像するしか
ありませんが、何かの争いごとに
巻き込まれたんでしょうか。

胃の内容物からは動物の肉や
小麦の加工物などが見つかった
ことからパンのようなものを
すでに作っていたことも
分かりました。

意外と豊かな生活を送って
いたのかもしれませんね。

また、所持品には銅製の斧があり、
その刃の純度は99.7%。

銅を精錬する技術まで
あったようですね。

日本では縄文時代といった
ような時代。

かなりの文明を持った人々が
生活していたんでしょうね。

ちなみにエッツィの
年齢は47歳ほど。

骨の状態から腰痛持ち
だったことが分かっています。

47歳で腰痛持ちのおっさんって
そこらへんにいそうですよね。

住んでいたのは標高700メートル
ほどの麓だったのだそうです。

調べてそこまで分かるってことも
すごいですね。

さらに体内から検出された花粉から
数日の間に高地から低地また高地へと
移動したことも分かっています。

そんなアップダウンを強行した
ということは、やはり追っ手から
逃れていたんでしょうか。

まぁしかし、アルプスの山中で
一人淋しく死んでいった心中は
いかばかりだったのか。

家族もいたのではないかと考えると
かわいそうに思えてきますね。

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呪いか?

じつはエッツィに関わった人々が
次々に亡くなっている事実がある
のだとか。

にわかにミステリーじみてきましたが。

まぁこの手の「呪い」話は
ツタンカーメンの墓の発掘でも
ありましたね。

実際、エッツィ発見から20年以上
経っているので亡くなる人が出ても
おかしくはないわけですが。

エッツィ自身、無念の死を遂げているのは
確かですから、お経のひとつでも上げて
おいて欲しいですけどね。

2013年にはエッツィのDNAを分析して
子孫を探したことがあるのだとか。

結果としてオーストリア人の何人かに
同じような塩基配列がみられたのだ
そうです。

エッツィの子供が生き残って
子孫を残したということでしょうか。

まだまだ謎も多い
アイスマン「エッツィ」。

これからも我々に歴史のロマンを
語りかけてくれることでしょうね。

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