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戸島国雄さん(警察官)がタイで活躍!数々の事件を担当した名刑事の経歴

   

警視庁で数々の事件を担当した
名刑事・戸島国雄さん。

現在、タイに渡り警察大佐として
日本の鑑識技術を伝えながら
現地の警察官たちを指導しています。

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おもなプロフィール

戸島さんは千葉県の出身。

自衛隊に入隊していたそうですが、
1963年、警視庁に入庁。

中学生の頃に冤罪を経験したことや
テレビドラマ「七人の刑事」に
あこがれたことがきっかけだった
のだそうです。

その後、三島由紀夫割腹事件、
三菱重工爆破事件、
ホテルニュージャパン火災、
日航123便墜落事故のほか、
あのオウム真理教の関連事件も担当。

日本の歴史に残るような事件や事故を
捜査してきたんですね。

実際に警視総監賞等を
なんと107回も受賞。

凄腕の刑事だったんですね。

それだけに留まらず、よく事件現場で
見かける立ち入り禁止の黄色いテープ。

あのテープを考案したのも
戸島さんなのだとか。

また今ではふつうに用いられる似顔絵
による捜査ですが、この似顔絵の
専門捜査官に日本で初めて
任命されたのも戸島さんでした。

まさに日本の警察史に
名を刻むような偉大な方
なんですね。

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タイへ赴任

そんな戸島さんがタイへ
渡ったきっかけは奥さんの死
だったのだそうです。

看護師をしていた奥さんは
白血病を患い1994年に死去。

戸島さんは相当にショックを
受けたのだそうです。

それから1年後にJICAで
技術指導専門官を募集している
ことを知り応募。

1995年からタイに赴任することと
なったのだそうです。

やはり気持ちを吹っ切るための
きっかけが必要だったんでしょうね。

現地での努力

タイに赴いた戸島さんに
課されたのは鑑識技術を
伝えることでした。

当時のタイでは事件・事故現場を
保存するという概念がなく、
野次馬やマスコミも足を踏み入れ
放題だったのだそうです。

日本では考えられないことですね。

そんなタイの捜査官たちに
戸島さんが日本の教材を持って
指導しようとしても最初はまったく
受け入れられなかったのだ
そうです。

まぁいきなりよそ者がやってきて
善意を押し着せても反発される
でしょうね。

そこで戸島さんは現場に足繁く通い
捜査官たちを指導し、一緒に食事を
取るなどのコミュニケーションを
図ったのだそうです。

そうして徐々に信頼関係を
構築していったのだそうです。

指導者として教えられる側に目線を
合わせたその努力は立派ですね。

1998年に任期を終え帰国しますが、
2001年に警視庁を定年退職すると
再びタイ側から派遣要請が
あったのだそうです。

よほど戸島さんの指導が
好評だったんでしょうね。

再度タイに渡ると今度は
警察大佐(日本の警視相当)
の地位で迎えられたのだそうです。

かなりの好待遇ですね。

2004年にはスマトラ沖大地震・
インド洋津波を経験。

多くの死者が出た中で身元確認を
迫られた戸島さんは周囲の反対を
押し切って、遺体の指を切断し
指紋を採取。

タイでは指紋登録が義務化されて
いたため、この方法が非常に有効
だったのだそうです。

最初は戸島さんの決断に対して
涙を流しながら反対していた
警察官たち。

しかし、ひとり黙々と作業に
あたる戸島さんの背中を見て
やがてそのやり方に従ったのだ
そうです。

これぞまさにリーダーの鑑ですね。

すでにタイでのキャリアも
10年以上を数える戸島さん。

現地でも数々の事件の捜査で
活躍されてきました。

70歳を越えた現在も現場の
第一線で捜査にあたっている
のだとか。

日本を離れても活躍を続ける
警察官としてのその姿勢に
心から敬意を表したいですね。

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