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ブランチ・ダビディアンの教祖デビッド・コレシュとは?立てこもり事件の真相は?

   

1993年に51日間にも及ぶ
立てこもり事件を起こした
宗教集団ブランチ・ダビディアン。

教祖はデビッド・コレシュという
狂信的な男性でした。

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生い立ちについて

デビッド・コレシュ、
本名バーノン・ハウエル。

テキサス州で生まれた彼は
当時15歳だった母親の私生児
として誕生しました。

こうした複雑な出自も後の人生に
影響したんでしょうか。

失読症の症状があり、
高校を卒業できずに中退。

しかし、聖書に対する興味が強く
12歳にしてほぼ暗唱できるほど
だったのだとか。

そうして17歳のころには自分が
「キリストである」という妄想を
抱くようになったのだそうです。

もうすでに危険な兆候が
見られますね。

そんな彼は、あまりの狂信ぶりに
教会を出禁となり、仕事に就いても
やはり狂信ぶりがアダとなって
解雇されてばかりだったのだとか。

どこにも居場所が
なかったんですね。

そんなときに出会ったのが
新興宗教ブランチ・ダビディアン
でした。

それまで世間では爪弾きにされてきた
コレシュでしたが、教団内では
ぐんぐん出世し幹部にまで
のし上がります。

そして教祖の死後、跡目争いを制して
コレシュが教祖の地位に就きました。

もっとも危ない人間が
集団内で権力を握ってしまった
と言えるでしょうね。

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狂信が生んだ悲劇

教団のトップに立ったコレシュ。

いわゆる「終末思想」によって
「最終戦争が起こる」ことを
信者たちに対して信じ込ませました。

彼の指示によって教団は
大量の武器を集めて
武装を始めます。

日本のオウム真理教事件による
事件もほぼ同時期でしたから、
奇しくもカルト教団が
シンクロしていたことに
なりますね。

当然、米国の司法当局も動き、
教団本部の強制捜査を敢行。

コレシュによりマインドコントロール
されていた信者たちは当局の捜査を
「敵の攻撃」と思い込み銃で応戦。

これがまさに悲劇の始まりでした。

激しい銃撃戦の末に
捜査官や信者に死者が出る
惨事となりました。

当時、この様子はテレビ中継され、
世界各国に衝撃を与えました。

その後、当局と教団とでこう着状態
となり、なんと51日間に及ぶ
立てこもり事件に発展しました。

教団も食料を十分に備蓄していた
そうですので、完全なろう城態勢
だったんですね。

当局も戦車や装甲車、ヘリコプターなど
様々な装備で教団のろう城を解こうと
しましたが、教団側は応じず。

そうして、当局が突入したことで
コレシュは信者とともに集団自殺。

教団の建物は炎に包まれて
ほとんどの信者が焼死しました。

その数、なんと81名、
生存者はわずか9名。

死者のうち25人が子供だった
といいますから、いたたまれ
ませんね。

その後について

こうして事件の幕が引かれましたが、
なんと教団は現在も存続中。

このへんもオウム真理教と
一緒ですね。

事件に関しては建物の出火原因が
当局の銃火であることが有力視
されており、世間の批判を
浴びました。

それにしてもコレシュは
この宗教集団で一体なにが
したかったのでしょうか。

死んでしまった今となっては
動機も何も分かりませんね。

まさにカルト教団が起こした
歴史に残る大事件。

信教の自由があるとはいえ、
今後、このような事件が
二度と起こらないで
もらいたいですね。

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