KNOWLEDGE-知識の泉-

知りたいことはここでリサーチ!

文化

小林レイ子さん(看護師)のプロフィール!出身校は?バングラデシュで活躍!

投稿日:

バングラデシュの病院で看護師として
活躍している小林レイ子さん。

豊富な経験を生かして現地の若い
看護師たちに指導を行っています。

スポンサードリンク

プロフィールについて

小林さんは北海道の出身。

山梨県の甲府看護専門学校を
卒業し、看護師の道へ。

のちに結婚されて息子さんが
二人いらっしゃるそうです。

看護師ひと筋45年以上。

まさに大ベテランですね。

2015091001

バングラデシュでの医療活動

1989年、息子さんも連れてバングラデシュの
マザーテレサ病院でボランティアとして
1ヶ月間滞在。

それから2011年まで18回に渡り
バングラデシュでの活動に
携わりました。

同国での活動に対する
熱い情熱を感じますね。

現実問題としてバングラデシュは
アジアの中でも最貧国。

元はガンジス川の豊富な水資源に恵まれた
豊かな国でしたが、軍事政権が樹立される
などしてインフラ整備も遅れ、今や最貧国と
成り下がってしまったのだそうです。

やはり政治の混乱は
国の衰退を招くんですね。

そんな同国で小林さんは「シャプラニール
山梨パニの会」という団体を立ち上げて
教育支援にもあたってきたのだとか。

後進国ほど教育は大事ですからね。

現在、小林さんは山形ダッカ友好病院に
ボランティアとして勤務。

同病院は院長のラーマン氏が
山形大学医学部に留学し、その後
同大学と地元企業などの助力により
1997年に首都・ダッカに開設された
病院なのだそうです。

小林さんは何度も同国を訪れたことで
看護教育の必要性を感じ、2012年から
同病院で若い看護師たちに看護指導を
するようになりました。

同国では昔、患者さんの体に触れる看護師が
卑しい職業とされていた時代もあったそうで
それもようやく改善されてきたのだとか。

お国柄というのもあったんでしょうが、
これではまともな看護師が育ちませんよね。

そうした環境では小林さんのような
ベテランの指導者の存在は貴重でしょうね。

またバングラデシュでは、
衛生観念やスケジュールの観念、
公共のマナーの意識も希薄なのだとか。

同病院でもラーマン院長が「嘘をつかない」
「約束や時間は守る」などといったことを
約束事としているのだそうです。

これは日本の常識が通用しない
部分ですね。

小林さんは看護師指導のほかに
ラーマン院長の秘書業務もされて
いるのだとか。

まぁ約束や時間を守れない人たちには
秘書なんて務まりませんからね。

小林さんがいろいろな仕事をせざるを
得ないんでしょうね。

現状、病院の経営も厳しいそうで、
寄付を募るなどして存続を図っている
とのこと。

国情を考えれば患者がまともに医療費を
負担できないでしょうし、それを国として
援助する余力もないでしょう。

そんな状況の中で、日本を飛び出して
看護師の指導にあたる小林さんには
頭が下がりますね。

バングラデシュも安い労働力として
海外の企業も熱い視線を送っていますから
いずれ発展を遂げる日が近い将来に
訪れるかもしれません。

そのとき、現在の小林さんの活動が
必ず評価されるでしょう。

その活動に敬意を表しつつ、
ぜひ優秀な看護師が育つように
がんばってもらたいですね。

-文化

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

柴田正輝(福井県立恐竜博物館)のプロフィールについて!恐竜化石のエキスパート!

福井県立恐竜博物館の研究員で 恐竜の化石発掘の専門家でもある 柴田正輝(しばた まさてる)さん。 新種の恐竜を発掘するなどして 活躍されています。

肥沼信次(医師)の出身高校と大学は?ヴリーツェンでの感動エピソードを紹介!

第二次世界大戦中のドイツで医師として 活躍した肥沼信次 (こえぬま のぶつぐ)さん。 ドイツのヴリーツェン市の名誉市民として 今も称えられています。

菊地陽さん(看護師)のwiki!出身高校と大学は?東ティモールで活躍中!

東南アジアの国・東ティモールでNPO団体の 看護師として医療活動に従事している 菊地陽さん。 医師のいない貧しい村々を回って 診療を行っています。

ジョゼフ・キッティンジャーの挑戦!3万メートルを降下!大西洋横断も

元米国空軍パイロットだった ジョゼフ・キッティンジャー。 プロジェクト・エクセルシオで上空 3万メートルから降下したり、気球で 大西洋を横断するなど数々の偉業を 成し遂げました。

中根喜三郎のプロフィール!竿忠を名乗るまでの波乱万丈の人生

江戸和竿の職人・竿忠(さおちゅう) として活躍する中根喜三郎さん。 曾祖父から続く和竿職人の家柄ですが 四代目の竿忠を名乗るまでには 波乱万丈の人生がありました。